【モンテディオ山形】デラトーレについて解説

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アトレティコGOに所属しているFWのデラトーレがJに移籍する!というtweetを見かけたのでフムフムと現地情報を追っていましたが、さきほどモンテディオ山形の公式でも発表されたようですね。

完全移籍での形での加入だそうで。
さてさてどんな選手なのか?調べてみました

プロフィール

デラトーレ

本名:ギリェルミ・アウグスト・アウヴェス・デラトーレ(Guilherme Augusto Alves Dellatorre)
1992年5月1日生まれ
サン・ジョゼ・ド・リオ・プレート(São José do Rio Preto)出身
身長181cm
右利き
SNS:TwitterInstagram

デラトーレという名前からイタリアにルーツを持つブラジル人であると推測します。
国籍もイタリア国籍を有しているようです。

経歴

リオプレート時代(2010)

地元のリオプレートというチームの下部組織に入団
17歳、デビュー戦のクラシコでいきなりの2ゴールを挙げセンセーショナルなデビューを飾る

デポルティボ・ブラジル時代(2010)

デビュー同年にデポルティボ・ブラジルへレンタル移籍
ブラジル版高校選手権とも言えるコパサンパウロ大会に出場し、ここでなんと得点王に輝いている
たしかに大会歴代得点王のリスト中に名前が刻まれておりますね。
大会終了後にデポルティボは保有権の50%の獲得に成功し、今度は名門インテルナシオナウへ貸し出させれる事に

インテルナシオナウ時代(2011–2013)

インテルナシオナウ移籍後も大成功を収める
元々ユースチームの戦力としての移籍であったが、すぐさまに頭角を現し、加入後わずか2カ月でトップチームへ昇格
当時トップチームにいた、オスカルレアンドロダミアンダレッサンドロらと共にプレーをした。
州リーグの優勝など数々のタイトル獲得に貢献

フラメンゴ戦でダミアンが決めた伝説のオーバーヘッドをアシストしたのがデラトーレ↓

ポルト時代(2013年)

初の海外挑戦。ポルトガルの名門ポルトのBチームに所属したが、驚異的な適応能力によりゴールを量産し、ここでもすぐさまにAチームに昇格。ハメス・ロドリゲスエリアカン・マンガラルイス・ゴンサレスらとプレーをした。

第一期 アトレティコ・パラナエンセ時代(2013)

アトレティコパラナエンセが古巣のリオプレトから保有権50%を買取り、同チームへ完全移籍する。
本人談によると、2013年が自身のキャリアで最高の成績を収めたシーズンだったという。数々の得点やアシストにより、チームを全国リーグの3位に導き、見事リベルタドーレス杯の出場権を獲得を果たす。
コパドブラジルでチームを決勝へ導いた値千金のゴールは、今でもサポーターの間で語り草になっているのだとか↓

このシーズンの成績は30試合(うちスタメン出場は14試合)5ゴール、5アシストであった。

クイーンズ・パーク・レンジャーズFC時代 (2014)

アトレティコパラナエンセに在籍していた時の事、怪我を負っているにも関わらず再び欧州のクラブからオファーを受ける。イングランドのクイーンズ・パーク・レンジャーズへ4カ月間の期限付き移籍をする。U21のチームで調整するも、結局はケガが原因でトップチームの試合には出れず。契約延長もせず、そのまま同年ブラジルへ帰国。

第二期 アトレティコ・パラナエンセ時代(2014–2016)

再びアトレティコパラナエンセへ帰って来たぜ!と自身のツイッターで報告↓

このシーズンもチームの主力として活躍。フィゲイレンセ戦で決めたビューティフルゴールはこの年の国内ベストゴール第3位に選ばれた↓

アトレティコパラナエンセにおいては、合計で67試合8ゴールを記録。
アトレティコでの出場機会が減ったのをきっかけに新たな挑戦を試みる事になるが、レギュラーの座を失ったきっかけは、柏レイソルでもプレーした事のあるエデルソンの台頭である。

第一期 スパンブリーFC時代(2016-2017)

なんと新天地に選んだのはタイリーグののスパンブリーFCであった。チーム最多得点の活躍が認められ、レンタル期間を1年延長し、2シーズンプレーする事となる。57試合27ゴールを記録

APOELニコシア (2018–2019)

次なる新天地はギプロスリーグであった。自身10ゴールの活躍により国内リーグ優勝を果たし、CLにも出場した。しかしながら2018年に膝十字靭帯のケガを負ってしまい、母国で手術を受ける為にチームを退団しブラジルへ帰国。20試合10ゴールを記録

第二期 スパンブリーFC時代(2019)

ケガが治ったら再びタイリーグへ。わずか3カ月間という短い契約でのプレーであった。

ミラソルFC時代(2020)

2020年にサンパウロ州選手権を戦う為にミラソルへ移籍。ところがコロナウイルスの感染拡大の影響によりリーグ戦が中断。結局わずか2試合の出場にとどまり、そのまま契約解除となる。

グレミオ・エスポルチーボ・ブラジル時代(2020)

セリエCのGEブラジルへ移籍。背番号は9。25試合3ゴール1アシストとそれなりに活躍した模様

CSA時代(2021)

GEブラジルでの活躍が認められ、セリエBを戦うアラゴアス州の強豪CSAへ移籍。54試合24ゴール5アシストを記録し、ここでも見事な大活躍を収めた。CSAはリーグ5位に終わり、惜しくも昇格圏内には届かなかったものの、デラトーレの活躍がチームの好成績に大きく貢献したと言える。

アトレティコ・ゴイアエンセ時代(2021)

CSAでの活躍によりデラトーレが再びビッグクラブの目に留まる。アトレティコ・ゴイアエンセへ電撃移籍。託された背番号は9。鳴り物入りの加入であったが、成績はシーズンを通して9試合2ゴールと、フロント期待していた水準には及ばなかったようだ。

モンテディオ山形へ移籍

期待外れに終わったデラトーレの放出は、アトレティコGOの会長による判断だったようです。

彼は未だにアトレティコGOに順応できなかったようだ。我々の期待していた結果を残すこともできなかった。私は彼の代理人へいくつかのオファーが届いている事を告げに行ったよ。私には彼の心はアトレティコにないように感じられる。このチームには1000%全力を尽くす選手が必要なのだ。

さらに情報によると、山形の他にもいくつかのオファーが届いたものの、全て海外チームのものであったそうです。モンテディオ山形はいったいいくらで買ったのでしょう?transfermarktのサイトによると市場価値は65万ユーロ(約8400万円)となっていました。そして契約期間は2024年1月31日までとなっていたので2年契約ですねきっと。

ポルトガル、タイ、ギリシャなど海外経験が豊富で一定の活躍を見せてきた印象ですので、きっと日本の生活にもすぐに馴染んでくれる事でしょう。Jでの活躍が楽しみですね♪

 

3/16追記

後日の情報によるとアトレティコGOとの契約はシーズン終了まで残っていて、移籍金は15万ドルだったようです。日本円で1700万円くらいですかね?

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