ヴィニシウス ジュニオールってどれだけすごい選手なの?WIKIより詳しく解説

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久保建英と同じくレアルに移籍した、ブラジルの神童ヴィニシウス・ジュニオール 

10代でレアルのような名門クラブへ移籍したという事で、日本では最近になってから名前が出て来るようになりましたが

実際どれだけすごいのか?

ブラジルで残した数々の伝説を解説していきます。

本名 ヴィニシウス・ジョゼ・パイション・デ・オリヴェイラ・ジュニオール
(Vinícius José Paixão de Oliveira Júnior,)
生年月日 2000年7月12日
出身地 サン・ゴンサロ (リオデジャネイロ)
身長 177cm
体重 62kg
利き足 右足

2000年

リオの中でも最もやばいエリアの一つである、Portão do Rosa地区というところでヴィニシウス・ジュニオールは誕生しました。

ブラジル人の知り合いに聞いてみましたが、ネイマールが生まれたところよりも相当やばいところです。

ネイマールの実家や出身校は?通っていたサッカーチームについて
よくアイドルとかを検索すると〇〇の実家や?彼氏は?みたいな記事がヒットするのでそれ風なタイトルにしてみました。 ふとネイマールの実家について調べてみようとい ブラジルのサイトで探したらあっさりと住所判明しました↓ Rua B,374 - J...

ヴィニシウスはここで、両親と二人の兄弟と祖母で暮らしておりました。

ちなみに幼少期に祖父を洪水で亡くすという悲しい事故がありました。

熱狂的フラメンゴのサポーターであった祖父は、ある大雨の中パンを買いに出かけたところ川の水に流されてしまったそうです。

ヴィニシウス少年は当時からストリートサッカーで近所では有名で、早くも街クラブのスカウトが目をつけていたそうです。

2006年

本格的にサッカーを始めたのは、父親にサッカークラブへ連れていかれたのがきっかけでした。

全国に125あるうちの一つで、地元サンゴンサロにあるフラメンゴのサッカー教室でした。

憧れの選手はロビーニョ、当時のポジションなんと左サイドバックでした。

ヴィニシウスが5歳の時に父親がクラブに連れて来たんだ。当時の彼は、常に同年代の他の頃よりも優れたプレーをしていた。そしていつだって落ち着いておとなしく、決して問題を起こすような子供ではなく、一個上のプレーをしていたよ。

とスクールのコーチCacau氏は当時を振り返り語っております。

またこの時、クラブから月100レアルの月謝が免除されており、既にクラブから経済的支援を受けていたそうです。

ヴィニシウス少年はここで地区の大会で20タイトル以上獲得しまくりました。

2007年

フラメンゴのサッカー教室に通う一方で、ニテロイ市内にある、有名フットサルクラブに通い始めます。

ヴィニシウスはここでドリブルテクニックを磨き、2010年まで所属しておりました。

2009年

ヴィニシウスが9歳の時、父親はフラメンゴのフットサル部門のテストを受けさせました。

ところが結果は不合格!

クラブ側はヴィニシウスの才能を見いだしましたが、まだ小さすぎた為、来年もう一度来るように言いました。

しかし彼は戻りませんでした。

ヴィニシウスが進みたい道はフットサルではなく、フルコートのサッカーだったのです。

2010年

そして8月に超難関のフラメンゴのテストに合格しました!

この頃から、家から150km離れたフラメンゴの練習場であるNinho do Urubuに通う為に、Abolição地区にある叔父の家に住み始めます。

そして休みの日はサン・ゴンサロに帰るという生活を始めました。

10歳でフラメンゴに入団して以来、”未来のスター”として扱われるようになります。

そして一つ上のカテゴリーである、U13のチームに入ってからチームの中心選手としてプレーしました。

フラメンゴのテストに合格させたエドゥアルド・ジュニオール氏によれば、”身体的能力やドリブルの才能などまるでアディリオのようだった”

アディリオとは、1975-1987にフラメンゴに在籍し、616 試合に出場し128ゴールを決めているクラブのスターです。

という訳で、初の公式戦リオボニート杯に出場した際は、アディリオが背負っていた栄光の背番号8をつけてプレーしました。

これは、アディリオへのリスペクトを表すエピソードの一つだそうです。

2013年

13歳の時にクラウディオ・カサッパ監督によりU15のブラジル代表に招集されます。

この年は”フラメンゴ2000年世代”と呼ばれジュニアユースの試合で90試合無敗という無双しておりました。

2015年

天皇杯のジュニアユースバージョンであるVotorantim杯で優勝

なんとかあのヴィニシウスという選手を獲得したいと、当時コリンチャンスのスカウトが動いていたことを明かしました。

2013年に一度フラメンゴから獲得しようとしたが失敗したんだ。その後コリンチャンスがフラメンゴのエキシビジョンマッチする機会があり、再び接触。最高の条件を提示したんだが、ここでも交渉は失敗に終わった。当時彼はまだ15歳だったからね

さらにこの年にはU15の代表にも選ばれ、南米U15選手権に出場します。

ブラジルはこの大会に優勝。自身は得点ランキング2位となる6ゴールをマークしました。

2016年

このあたりから伝説が始まります。

16歳の時に州のU17選手権に出場し10ゴールをマーク。

52ゴールをとったチームの攻撃陣の担い、リオデジャネイロのU17リーグ優勝に大きく貢献しました。

この頃からトップチームの練習にも何回か参加するようになりました。

ヴィニシウスが16歳になり、法律的にOKな年齢に達すると、クラブはすぐさまに契約。

ヴィニシウスの当時の給料は、ジュニアの選手の基準よりも低かったそうです。

その額月給で1万レアル。日本円で月収30万弱、年俸で350万くらいでしょうか?

しかし違約金についてはえげつない額が設定されておりました。

契約期間内の移籍に伴う罰金額は3000万ユーロ

日本円にして36億円くらいでしょうか?

代表ではU17に招集され、この年は11試合10ゴール2アシストをマーク

2017年

真の伝説はこの年です。時間を追って解説していきます。

2017年1月2日から2017年1月25日に開催されたCopa São Paulo de Futebolに3歳若くして出場。

Copa São Paulo de Futebolとは、サンパウロ杯とも呼ばれており、ブラジルサッカーのプロの登竜門です。

日本でいう高円宮杯みたいな感じですかね。

ネイマールはこの大会に15歳の時に出場しました。

日本人では水島武蔵三浦知良もこの大会に出場しています。

ヴィニシウスは対セントラル戦でサンパウロ杯デビューをしました。

そして途中出場し、いきなりの2ゴールをマーク。この試合チームは5-0で勝利

また6-0で勝ったナショナル戦でも、2アシストと2枚のイエローカードを誘発させチームの勝利に貢献

クルゼイロ戦では試合終了間際に大会準決勝を決める値千金のゴールを決め、2-1で勝利

決めたのは胸!一躍ヒーローとなりました。

最終的にこの大会では、7試合4ゴール5アシストを記録しました。

このフラメンゴユースでの活躍により、ヨーロッパの数々のクラブがヴィニシウス獲得に興味を示すようになります。

各紙は”ブラジルサッカー界のニューネイマール“と報じるようになりました。

もちろんヴィニシウス獲得に興味を持っていたのは、バルセロナやレアルマドリードらも例外ではありません。

バルセロナは実際のヴィニシウスのプレーを間近で観察する為に、わざわざブラジルへスカウトを送っています。

レアルが正式にオファーを出したのはこの時です。

4500万ユーロを出すから、18歳になったらウチにおいでと。

一方ライバルのバルサが用意した金額は2500万ユーロだったそうです。

サンパウロ杯で活躍すると、今度はU17の代表として2月23日から3月19にかけて行われた南米U17選手権に出場します。

この大会もブラジルは優勝、ヴィニシウスは最優秀選手、と7ゴールで得点王に輝きました。

この大会のハイライトシーンは、なんといっても決勝リーグでのパラグアイ戦でのヴィニシウスのプレイ

なんと3連続シャペウで相手DFを手玉にとりました!

この時実況はO que esse menino está fazendo!(この少年っぱねえ)と絶叫

大会で最もビューティフルなプレーとされました。

という訳でつまり、ヴィニシウス世代はU15とU17の両大会を制したことになります。

ちなみにネイマールはU15は出場なし。U17の大会はグループリーグで敗退しております。

5月7日

代表で大活躍し、ユースでも無双していたヴィニシウスをZé Ricardo監督がトップチーム昇格させることを発表しました。

この年フラメンゴのトップチームも絶好調でリオ州選手権で優勝

5月13日からはじまるブラジル全国選手権に備える為の判断でした。

すぐさまにメディカルチェックが行われ、その結果はレアルマドリードへも送付されています。

州選手権だか、全国選手権だかブラジルの国内リーグがよくわからない人の為に↓

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5月9日

弱冠16歳でトップチームに昇格

クラブのオフィシャルサイトでも”チームの新たな背番号20”として紹介されました。

5月13日

カンピオナートブラジレイロの開幕戦、対アトレチコMGでいきなりデビューします。

16歳と10カ月でした。

ちなみに久保建英がJ1デビューしたのは16歳と5カ月

後半37分からの投入で、観客席からヴィニシウスコールが巻き起こっておりました。

ちなみにブラジルのサッカー紙Lanceによるとこの試合のヴィニシウスの成績は

クロス失敗:2回、パス成功2回、パス失敗:1回、ボールまたぎ:3回、ボールキープ:13秒 だったそう

5月15日

デビュー戦からわずか2日後、フラメンゴは大幅な給料アップと移籍金を3000万ユーロから4500万ユーロに引き上げて再契約しました。

さらに契約期間も2019年から2022年まで延長

これは水面下で行われていたレアルとの交渉に備えるためのものでありました。

5月20日

第2節の対アトレティコGO戦の終終盤に投入されます。

デビュー戦は活躍することはできませんでしたが、今回は仕事をしました。

3人のディフェンス網を突破し、中へクロスを送り決定機を演出します↓

このプレーがブラジルの週間サプライズ賞的なものに選ばれ、世間の注目はますます増していきました。

そしてこのアトレティコGO戦の直後に、とうとうクラブは4500万ユーロでレアルマドリードへの売却を発表しました。

ただしスペインに行くのは2018年7月から。

久保建英が海外へ行くのに18歳になるのをまっていたのと同じです。

ちなみにネイマールは8600万ユーロでバルセロナへ移籍し、そのうち1700万ユーロがサントスへ支払われました。

ヴィニシウスの場合4500万ユーロのうち2300万ユーロがフラメンゴに支払われ、残りが分割でヴィニシウスに支払われる契約となっていたそうです。

6月12日
Avaí戦で初スタメン。しかし90分フル出場はしなかった。試合は1-1引き分け

8月9日
Palestino戦で途中出場。

なんとファーストプレーでゴールを決めちゃいます

8月19日
アトレティコGO戦で初のフル出場を果たし2ゴールをマーク

11月1日
フルミネンセとのリオデジャネイロダービーです。

この試合は南米カップの出場がかかった重要な試合であり、フラメンゴは1-3で負けていました。

フラメンゴの2点目となる起点となるパスを送り、ヴィニシウスが得たファウルによってフラメンゴは同点に追いつくことができました。

ロスタイム中にも2回ほど決定機がり、逆転いけたんじゃね?と言われています。

試合後のコメンテーター談↓

彼は普通の17歳ではない。17歳がこのような大一番の試合に出て、流れを変えることは普通じゃない。だからこそブラジルサッカー史上最大の移籍と言われるのだ。昨日の試合でヴィニシウスが世界的に有名になるか疑問視している人に見せることができただろう。私にとって昨日の試合はフラメンゴの洗礼のようだった。リオダービーという大一番の試合に出場し、フラメンゴの2点目の起点をつくった。そして3点目の起点ともなるファウルも獲得した。少年はピッチに入って流れを変えたのだ。もう既に主力選手の一員という事をみせつけた。ファウルされなかったら4点目もとれてたよ。

2018年

リベルタドーレス杯の大一番の試合に起用されます。

グループリーグ、アウェイでのエクアドルのエメレク戦に出場し、なんと2ゴールを挙げチームを逆転勝利に導きます。

これがリベルタドーレス杯において、フラメンゴクラブ史上最年少ゴール記録となりました。

特に同点ゴールとなった1点目は大会ベストゴールの一つにノーミネートもされました。

ヴィニシウスはネイマールでも成し得なかった、デビュー年に1試合2ゴールという離れ業をやってのけたのです。

そして6月にとうとうレアルマドリードへ移籍することになります。

2017年にトップチームでデビューしてから2シーズンで69試合14ゴール5アシストを記録しました。

ちなみに久保建英がマジョルカへ行く前にJ1で残した成績は3シーズンで16試合5ゴールでした。

シーズン リーグ戦 カップ戦 国際大会 その他 通算
出場 得点 アシスト 出場 得点 アシスト 出場 得点 アシスト 出場 得点 アシスト 出場 得点 アシスト
2017 25 3 1 4 0 0 7 1 0 1 0 0 37 4 1
2018 12 4 3 2 0 0 5 2 0 13 4 1 32 10 4
通算 37 7 4 6 0 0 12 3 0 14 4 1 69 14 5

あと2018年スペインへ行くまでは、チーム内得点王だったそうです。

レアルに移籍してからはカスティージャを経て既にトップチームに昇格しているので、現時点では久保建英より一歩リードしております。

来年の東京オリンピックにも出場すると思いますので今のうちから注目しておきたい選手ですね。

いろいろ長々と書きましたが、ヴィニシウスの凄さをまとめると下記の通りです↓

・U15南米選手権優勝

・U17南米選手権優勝(MVP、得点王)

・16歳でフラメンゴトップチーム昇格

・リベルタドーレス杯クラブ最年少ゴール

・ブラジルサッカー史上2番目高額な移籍金額でレアルに移籍(10代としては最高金額)

まもなくブラジルのA代表にも召集されるでしょう。

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