カカーブログ2 選手生命絶望の危機! 2006年6月2日

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今トレーニングから戻ってきたところ。ここWeggisはとても寒いよ。けどもう慣れちゃったから平気だけどね。じゃあ僕についての話を続けようか。このサンパウロとの決勝戦の後、僕はヘッドハンティングされたんだ。12歳の時だったな~。13~15歳の部に入ったんだけど、すでにプロ予備軍どしてみなされていたよ。
ちょうど同じ頃アメリカで中学校の大会に出場していてね、僕はこの大会で大活躍してタイトルをもたらし、サンパウロでも活躍も期待されるようになったんだ。誰が僕がやがてプロになると想像しただろうね。14歳の時、僕も家族と同じようにいつも通っていた教会でエヴァンジェーリコ(プロテスタント)の洗礼を受けたんだ。
2000年��9月30日、僕が18歳の時人生最悪な出来事が起こった。父方の祖母の家へ遊びに行ってたときのこと。滑り台を降りようとしたららコントロールを失っちゃってプールの底に頭を強く打ってしまったんだ。もはやまともに歩くことはできなくて、第七脊椎というやっかいなところを骨折してしまったんだ。
事故の後もサンパウロと学校の二つのトレーニングに参加してたんだけど、背中が痛み出してサンパウロのドクターに言ったんだ。実はそこで初めて骨折だということがわかって、50日間ギプスを付けなくてはならなくなったんだ。本当に下半身不随になってもおかしくなかったよ。ギブスが取れる頃にはコンディションを戻すため、一通りトレーニングには参加できるようになったけどね。
2001年僕はようや��監督に認められてトップチームに上がる。2月の初めだったな~、リオ・サンパウロ選手権の対ボタフォゴ戦、僕は後半20分に投入されてプロデビューを果たしたんだ。その時の監督はオズワウド・アウヴァーリスOzwaldo Alvarezだったな。さて今日はちょっと疲れたからこのへんにして、次はどのようにして僕が2回目のワールドカップまでたどり着いたのかをもうちょっとだけ話すよ

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