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カカーブログ11 ベルリン到着で投稿 2006年6月11日

やあみんな!僕がちゃんとみんなのコメントを読んでるのかの疑問に思ってる人が多いみたいだけど、大丈夫。ちゃんと読んでるよ。今じゃフランス語のコメントまであるけど、イタリア語に少し似ているとは言え、よくはわからないな~。まあ彼らが僕にフレッジを応援して欲しいということはわかった��。ちゃんと返信しておくよ!ミランで僕を見守っている人もいることだしね。さて、いよいよドイツの首都、美しく歴史的な街ベルリンに着いたよ とても快適な移動だった。夕食の後Kogisteinのホテルを出て、それからバスでフランクフルトの空港まで行って手際よく飛行機に乗ったんだ。トレーニングの後で疲れていたからね、休んだり静かにしていたりであっという間の移動だったよ。 ここのホテルはとてもいいね。少し古いようだけど、とてもよく設備されているよ。なんでも戦後街で最も不動産投資されたホテルの1つだとか。神様、どうか僕らのワールドカップ初戦に運が伴い、良い結果に終わるよう見守ってください。それじゃあみんなまたね

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カカーブログ10 ブラジル、フェイジャオンそしてワールドカップ 2006年6月10日

やあみんな!いよいよワールドカップが始まったね。ドイツの開幕戦を僕たちはTVで見たけど、僕たちにとってはまだ準備期間だけどね。今日の午後のトレーニングはとてもハードだった。厳しい調整はまだ続いているよ。明日の午後にもう一回トレーニングをして、続いて飛行機でベルリンへ向かう予定なんだ。そう、僕たちの初戦が近づいているのさ。今日の昼食中にグロボ局のインタビューを行って、僕は記者達にブラジルでのワールドカップの盛り上がりの様子をきいたんだ。どうやら期待はとてつもなく大きくて、街の道などはすでにワールドカップモードで華やかに飾られているとらしいね。そいつはいいや、みんなが僕たちの���とを応援していることがわかってよかったよ。お昼ごはんの話にしよう。みんなのコメント中でリクエストがあったんだけど。ここでは僕たちはブラジル人コックによって作られた料理を食べていて、彼は僕たちブラジル人が慣れているものを全て作ってくれるんだよね。スパゲッティ、ライス、フェイジャオン、ビーフ、サラダ、つまりブラジルで食べるものと変わらないんだ。コンフェデレーションカップの時に同行していたコックと同じなんだ。もうひとつ...

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カカーブログ9 家族が恋しい・・・ 2006年6月9日

昨日ルーラ大統領との中継会談で1つ大きなサプライズがあったんだ。部屋へ入った時カメラに映っていたのは僕の叔母さんのサンドラだったんだ。ブラジリアに住む僕の父親の兄姉さ。家族と触れ合うというのはとてもいいことで、今の時期には重要なことだった。家族全員が僕誇りに思っている、またここには世界で一番の私達家族にとっての誇りがあると言いたい、彼女は僕にそう言ってくれたんだ。 家族が1つになり、応援の言葉を聞いてたその瞬間は僕にとってとても重要なことだった。サンドラ叔母さん、本当にありがとう。ブラジリアにいる家族やブラジルにいる国民の皆さんにもお礼を言いたいです。 さて「恋人の日」(ブラジルのバレンタインデー)が近づいていて、初戦前日になるのかな。もう結婚しているとは言え妻のカロウCalorは未だに僕の恋人でありこれからもずっとそうさ。、ワールドカップ開幕の熱狂により、ここドイツ大忙しの日になるだろう。しかし彼女は常に僕の頭の中にいることは確かだ。 昨日書いたようにとうとうその時が来たんだ。ワールドカップ開幕の熱狂はここ僕たちの合宿所にとっても計り知れないものだ。午後のトレーニングは開...

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カカーブログ8 幕に向けてだんだん出来上がってきた 2006年6月8日

今日とても忙しい一日だった。ドイツへ来て初めて公開練習をしたんだ。およそ2万5千人もの人が練習を見学して手厚い歓迎を受けた。グランドは隣町のあるスタジアムだったんだ。コンディションはまだ最高ではないが、今日の練習プログラムはこなすことができ、僕らは初戦に向けてますます仕上がっているよ。 明日行われる開幕戦のドイツVSコスタ・リカの期待はものすごいね。とても大きな話題になっているよ。いよいよ始まるんだ! 明日行われる開幕戦のドイツVSコスタ・リカの期待はものすごいね。とても大きな話題になっているよ。いよいよ始まるんだ! 今は夜だけどさっきルーラ大統領とモニターによる中継で会談があったんだ。選手とスタッフ全員がそれに参加したよ。とても静かな会談で、大統領自らに激励してもらったんよ。それじゃあまた明日!

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カカーブログ7 ドイツでハードワーク 2006年6月8日

ここKonigsteinでとてもがんばっているよ。でもやっぱりワールドカップに向けてベストな状態にしなくちゃいけないからね。グランドはとてもいいよ、ここには開催前の最終段階のための十分な設備がそろっている。ここではもうだいぶワールドカップの熱が上がっているみたいだね。街は通りは全て、選手やセレソンのデザインで飾られているんだ。 僕らのいるホテルは第二次世界大戦中は病院で精神病棟まであったんだ。しかし現在は全体的にリフォームされてとても快適だよ。練習に出かける時ドアの前ですごい数の記者に囲まれちゃってさ、セレソンを追っかけている記者はこんなにいるんだね。ただこんなに騒がしいと僕らも静かに過ごせないし、通路も窮屈になってしまうけどね。よし、じゃあこれからまたトレーニングへ行って別メニューをこなしてくるよ。その後もっと書くからね。それじゃ!

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カカーブログ6 ワールドカップに向けて休憩 2006年6月6日

Konigsteinでの休日、休息とは選手にとって神聖なものだ。ここ何日かワールドカップの為のテストマッチで忙しかったから今はよく休んで充電する時なんだ。 このオフを利用して携帯電話の問題を解決しに行ったよ。というのはWeggisのどこかで、フランクフルトの友達と一緒にレストランへ行く途中失くしてしまったんだ。とはいえ良い気分転換になった。近況報告をしてみんながどのようにしてワールドカップに向けて集中していくかもわかった、いろいろなことを語り合ってすごくおもしろかった。 門限に遅れないように、そして帰ってゆっくりしたかったからちょっと早めにホテルへ戻ったんだ。この先まだまだトレーニングをしなければならないからね。次はKonigsteinの街についてちょっと話すよ。それじゃあまた

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カカーブログ5 Genebra 、フランクフルトそしてkonigsteinへ 2006年6月5日

やあみんな!昨日はGenebraで慌しい一日だったけど、夜に到着してホテルへ行ったよ。その後一日おいて、ニュージーランド戦をやるスタジアムに行ったんだ。なんでもヨーロッパで最も小さくて美しいスタジアムだとか。でも施設は充実している。 試合はとてもよかったし大会でやろうとしていたことをしっかりと確認できたと思う。僕も流れの中で価値ある1点も決めることが出来たし、ワールドカップに向けての体が出来ているということを証明できたね。 試合後はミックスゾーン、ロッカールームやバスへ続いている通路のことなんだけど、そこでインタビューを受ける時間があった。記者達は格子の後ろにいて、僕たちは歩きながら記者達の質問に答えていたよ。 スタジアムから直接飛行機に乗って、夜にフランクフルトへ着いたんだ。まず初めに代表専用バスに乗りフランクフルトの隣にある小さな街のKonigsteinへ来た。地元の人たちから大歓迎されたよ。この月曜日はオフで夜だけホテルにもどればいいんだ。このオフは街を探検するため散歩でもするよ。それじゃあまた!

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カカーブログ3 サンパウロからブラジル代表へ 2006年6月2日

やあみんな!ここWeggisは朝日がさしてるよ。今日のトレーニ��グは午後からなんだ。そして間もなくホテルでブラジルの取材を受ける予定なんだ。それじゃあもうちょっとだけ続きを話そうか。対ボタフォゴ戦のデビューからわずか3日後に僕はプロ初ゴールをマークしてモルンビー(サンパウロのホーム)でサントスを4-2で破ったんだ。そして翌月01年の3月7日、リオ・サンパウロトーナメントの決勝戦で僕のキャリアの転機が訪れた。サンパウロは2-1でリオのボタフォゴを破り、僕はこの試合なんと2点を決め初のタイトル獲得に大きく貢献したんだ。 そしてサンパウロのレギュラーに定着し、アルゼンチンで開催されるU-20の大会の代表にも選ばれるようになった。シーズン中にコンスタントに結果を出すことで、国内でも注目を集めるようになったんだ。02年の1月、ついにフェリペ監督か���対ボリビア戦に招集されたんだ。そして次のCuiabáという、僕が子供の頃に住んでいた所で行われたアイスランドとの親善試合で代表初ゴールをマークしたんだよ。 それから02年の5月6日、ワールドカップのメンバーに選ばれた。与えられた背番号は23で対コ...

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カカーブログ2 選手生命絶望の危機! 2006年6月2日

今トレーニングから戻ってきたところ。ここWeggisはとても寒いよ。けどもう慣れちゃったから平気だけどね。じゃあ僕についての話を続けようか。このサンパウロとの決勝戦の後、僕はヘッドハンティングされたんだ。12歳の時だったな~。13~15歳の部に入ったんだけど、すでにプロ予備軍どしてみなされていたよ。 ちょうど同じ頃アメリカで中学校の大会に出場していてね、僕はこの大会で大活躍してタイトルをもたらし、サンパウロでも活躍も期待されるようになったんだ。誰が僕がやがてプロになると想像しただろうね。14歳の時、僕も家族と同じようにいつも通っていた教会でエヴァンジェーリコ(プロテスタント)の洗礼を受けたんだ。 2000年��9月30日、僕が18歳の時人生最悪な出来事が起こった。父方の祖母の家へ遊びに行ってたときのこと。滑り台を降りようとしたららコントロールを失っちゃってプールの底に頭を強く打ってしまったんだ。もはやまともに歩くことはできなくて、第七脊椎というやっかいなところを骨折してしまったんだ。 事故の後もサンパウロと学校の二つのトレーニングに参加してたんだけど、背中が痛み出してサンパ...

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カカーブログ 僕について 2006年6月2日

ドイツ大会中にカカー自身が書いていたオフィシャルブログを紹介します。 ガラナ・アンタルチカの企画で始まった最初のブログ、今日は少し僕自身のことについて喋ろうかな?1982年4��22日ブラジリア生まれ。このカカーっていうあだ名は、現在イタリアのセリエBのRiminiというチームでDFとして活躍している僕の弟のホドリゴ(彼のあだ名はジガオン)によって付けられたんだ。僕のスポーツの趣味は全て父親譲りなんだ。僕の父ボスコは常に良き指導者であり、母シモーネも僕にとって一番の理解者だった。 4歳の時マット・グロッソ州のクイアバーに引っ越してそこで3年過ごした。そして7歳の時に家族は再び引越したんだ。今度はサンパウロのペルジーゼス区というところにね。そこで僕はサッカーを始めたんだ。 8歳の時学校の体育の先生が僕の特別な才能に気づいたんだ。彼はすぐに僕の母を呼び出し相談をして、僕はスマレーというところにあるサッカー専門の学校に入れられたんだ。こ��学校はもうなくなっちゃって今は大きなレンタルビデオ屋が建ってるけどね。ここでアンドレスというチリ人のスポーツ専門家と知り合って、彼にAlp...

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